小海分院だより 第34号



自己紹介
  内科医師  高添 明日香


 四月よりお世話になっております。医者になって五年目になり、三年前にお世話になりました小海分院で後期研修最後の一年を過ごさせていただくことになりました。
 二十八年前、山梨県韮崎市に生まれ幼少時は野山で遊んで育ちました。祖父母の家が桃農家でしたので、畑の手伝いと称しては邪魔しにいき、手伝いと見せかけて隣の畑の桑の実を食べたり、捨てられた蚕を育ててみたり、稲藁で遊んでかぶれたりして大きくなりました。
 中学校まで地元の学校でお世話になり、以前小海におられた小澤幸子先生も卒業された駿台甲府高校を卒業したのち、一年間の予備校生活を経て日本大学医学部を卒業して佐久病院に就職しました。
 祖父が幼い内に親を亡くし、酒を飲むたびに…昔は医者に診てもらうなんて大変で……勉強好きなら医者にでもなっちゃえと幼稚園児の私に言うものですからすっかり刷り込みが成立してしまいました。学校教諭か医者かで悩んでいた高校生時期にボランティアサークルに所属し、幼稚園・障害者授産施設・高齢者福祉施設でお世話になる中で…障害のある方が生活していく難しさや高齢者(特に施設に長期入所されていた方)の終末期の対応の難しさに寂しさを覚えて医者になると決めました。この世に生まれてから、幼稚園に通う→学校に通う→就職する→余生を楽しむという誰もが通る人生図の中で、幼少時は家族の愛に囲まれて輝いているのに…なぜ老年期にはそういう訳にいかないのか。どちらも手はかかるだろうし、看る方の思い通りにはならないけれど、なぜ子供は可愛くて老人は「看られない」対象となるのか…高校生の頃の自分には理解ができませんでした。
 老人ホームは姥捨て山なのか!というゆがんだ目で佐久の地に見学に来て、驚きました。特養でも、老健でも、病院でも利用者の方に笑顔が多いことに、また職員の方にも営業スマイルではない心からの笑顔が溢れ自分の仕事に誇りを持っておられる様子に…心から感動してここで働きたいと思いました。
 佐久にきて五年目となり、現在も変わらぬ信念を持って変わらぬ笑顔で仕事をされている皆さんと再び一緒に働けることを嬉しく思います。でも、五年前には(初期研修で訪れた二年前にも)気付けませんでしたが、この佐久の地で現在の医療・福祉サービスを提供するために…笑顔の影に苦労が沢山ある事に気付きました。皆で苦労を共有し、そこから改善点を見つけて次の日の笑顔に繋げていくにはどうしていったらいいんでしょうかね。
 そんな事を考えながら、今年もひとりでも多くの患者さんを元の生活に戻していける力つけるべく診療と勉強をしていきたいと思います。足りないところだらけな上に、抜けているところだらけという私ですが、どうぞ宜しくお願い申し上げます。



 自己紹介
  内科医師   島田 啓志


 今年から小海分院でお世話になっております医師四年目の島田啓志(しまだひろし)二十七歳です。出身は北海道で初期研修(医師2年目)まで北海道を離れたことはありませんでした。昨年、縁があり佐久病院で働くことになりました。
 大学では本を読み、酒を飲み、時に旅をしていた毎日でした。しかし、医師として働いてからはまとまった時間を取ることが難しく、趣味と言えるようなものはなくなってしまいました。今の休暇の使い道は、家族でツルヤやカインズホームなどの「家族サービス」です。自分で決めた道ですから後悔はないのですが夢も捨てきれません。いつかは仕事をやめて、間宮海峡横断、グリーンランド縦断など大学時代に手をつけずに終わった旅ができたらと思っています。
 ところで、最近、熱帯魚飼育を始めました。自分は自然が好きなのですが、自然に身を置けない反動で家に水槽という小さな自然を求めているのでしょう。今や大小三つの水槽が家に並びます。エンゼルフィッシュはよく産卵し孵化するのですがなかなか成魚にはならず苦心しています。熱帯魚は家族の癒しです。
 家族は妻・長男の三人です。五月十日に長男が生まれました。長男の名前は流行を好かないので古典から選ぶことにしました。そこで、論語から「義」をもらい「義道:よしみち」と名づけました。意味はそのまま、義の道を歩んでほしいという意味です。「義」とは「打算や損得のない人間として正しい道」です。そういう願いを込めましたが、なにが「正しい」かが大切です。せめて「自分」が正しいと思っているような傲慢な人間だけにはなってもらいたくないものです。
 読書不足が最近の心配事です。新聞も読めていません。時間のない社会人になってからも読書を続けられるかどうかは人生の重要な要素だそうです。食事が体の栄養、読書が心の栄養とよく言われますが、心の栄養が不足している状態では身体は健康でも虚弱な生き方しか出来ません。自分は大学時代の蓄えが枯渇し虚弱になりつつあります。その点、由井医師は多忙な業務の合間を見つけては読書し、時にはおすすめの本を紹介してくださります。つまり、心の栄養をわけてくれているわけです。脱帽です。
 今まで出会った本の中で、内村鑑三の「後世への最大遺物」、夏目漱石「私の個人主義」、森信三「修身教授録」はすぐに思いつく好きな本です。今までの自分の読書歴で知った好きな言葉があります。
 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する。・・・中略・・・正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである、われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である」宮澤賢治 いい言葉です。少し元気が湧いてきました。照千一隅の精神で明日からもこつこつ頑張っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。



 自己紹介
  小海診療所医師 長谷田 真帆


 四月から小海診療所でお世話になっております、長谷田真帆(はせだ まほ)と申します。分院では、時々夜間・休日の救急当番を担当させていただいております。また診療所の外来にかかられている方、訪問診療を受けておられる方が入院されている際に病棟にお伺いすることもあります。
 出身は北海道札幌市で、北海道大学を卒業後、札幌の手稲渓仁会病院という病床数五五〇床・医師数約二三0人の急性期病院で三年間研修を積み、二〇一〇年より佐久病院に来させていただいております。北海道の景色も素晴らしいですが、長野の風景にはまた違った良さがあり、訪問に出ながら四季折々の自然の美しさを感じられる現在の生活を幸せに思っています。趣味はテニスで、初めてラケットを握った時期はもはや覚えていません。こちらでは冬の極寒の中でも屋外でテニスをしている事が、去年一番のカルチャーショックでした。
 地域の中で、医師の立場から患者さんを支えていくお手伝いが何かできればと思います。どうぞよろしくお願い致します。




  自己紹介
    小児科医師   日野原陽一

 小海分院小児科の日野原です。小海では二十年ほど前から仕事をしています。当時の病院には産婦人科がありましたので分娩時の立ち合いや新生児の管理等もしていました。
 現在は小児科診療と小児保健活動を中心とした仕事をしています。
 小児科は分野が広範囲になるため専門化していますが当科では感染症やアレルギー疾患が中心となっています。
 また小児保健活動としは南佐久地域の主として小海町・南北相木村の小児に対して乳児健診・学校
健診・予防接種等を行っています。乳児健診では歯科医の先生とも御一緒することもあり、各町村の保健師、栄養士、歯科衛生士の方々と健診終了後のカンファレンスを行い健康な生活と成長の支援に努めています。
 学校保健については健康診断、予防接種、各種検査の評価、学校保健委員会への参加など学校の先生、行政の方々などと共に児童・生徒の健康管理とその増進について取り組みをしています。
 予防接種についても、定期接種、任意接種の拡大に努めています。予防接種については多くのお子様にその機会を提供したいと考えています。
 定期の予防接種については積極的な勧奨が差し控えられていた日本脳炎ワクチンの接種の機会が確保されることになりました。
 また任意予防接種も子宮頚癌予防ワクチン、ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンが対象年齢層に接種の機会が提供されることになり接種事業が開始されています。 
以上が小児科としての活動の概要です。
 地域小児保健活動等のため午後の診療で御迷惑をおかけしていますが皆様にはご理解をいただきたいと思います。
 小海分院小児科はこれからも皆様に快適な医療を提供出来るよう努めてまいります。



   第9回健康講話会に参加して
     医事課 河村 麻衣


 第九回目を迎えた今回の講演会では、「嚥下障害」について職種の異なる三名の講師に話を聞くことができました。
 嚥下障害とは、食べ物が飲み込みづらかったり、むせてしまい、うまく食べ物が食べれず、食道を通るはずのものが気道に入り込み肺炎を引き起こす(誤嚥)など、病気の原因にもなる障害です。この障害について、初めに、リハビリ科医師より嚥下障害のしくみ・原因・治療について、次に言語聴覚士より、安全な食事介助の仕方や誤嚥の予防法・嚥下体操について、最後に管理栄養士より、食べやすい食事・食材・調理方法について話がありました。
 各専門職からの話しを聞くことで、病気の概要から日常生活で気を付ける実践的な方法まで、分かりやすく嚥下障害について知ることができたと思います。





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